「巨匠ピカソ」展

六本木のドンキで明日の打ち上げの景品を買いに行ったついでに美術館に寄りました。

「巨匠ピカソ」展、国立新美術館とサントリー美術館で同時開催

まあ基本、あまり美に関心はなく美術館も得意ではないのですが通常はパリの国立ピカソ美術館にまで足を運ばないと見れないものだし、職場から徒歩20メートルくらいの場所だし、何よりピカソだし見ておかないと損だろうという魂胆です。てっきり最初はヒルズの国立新美術館だけだと思っていたら、ミッドタウンのサントリー美術館と同時開催(共に六本木)とかいうわけわかんない催しだったのでとりあえず今日はサントリー美術館の方に行ってきました。来週は新国立美術館の方にも行こうと思います。大きなイベントがあるのは大抵東京で、どの場所でも一時間以内に訪れることができるのは東京の好きなところです。

入り口のロッカーに荷物を預けてから中に入ったのですが、中に入ってから音声ガイドのイヤホンの案内があって財布もロッカーの中だったので多少がっかりしました。しょうがないので解説を読みながらひたすら鑑賞です。日曜だというのにそれほど混んでなくて割と快適でした。前に、新国立美術館にモネを見に行った時はかなり混んでいたような記憶があります。

初めてピカソの作品を初期の頃のものからたくさん見たわけですが、「裸の少年」という作品を見て「裸の王様」のことを思い出しました。ぼくにはどう見てもそれが素晴らしい作品には見えなくて、分かる人には分かるという評価を受けたその作品がしたり顔の大人達を分かる人に変えてしまったのではないかなどと邪推したりしました。美術館とかで作品の素晴らしさについてウンチクを語ってる大学生とか見ると気持ち悪くて仕方ありません。(自分のことはさておき)お前にピカソの何が分かる!って気持ちになります。いや、そんな大学生どこにもいなかったんですけど。

今まで知らなかったのですが、ピカソは2人の妻と3人の愛人がいたのですね。とんだ女ったらしですが、1人目の正妻とは資産分配の関係で別れることができなかったりと女性関係では悩みが多く、それが作品にもはっきりと表れているものも多かったです。親友を自殺で亡くした青の時代と、一度目のオルガとの結婚の辺りでは明らかに画風(色彩)に変化が現れており、17歳の愛人マリー・テレーズとの生活くらいからはそこから一線を越えたように感じられ、晩年はぼくらのよく知る意味不明な領域(ピカソ本人は、「この歳になってやっと子供らしい絵が描けるようになった」と言い、悪評は一切気にしなかった)に達していました。ピカソはその生涯におよそ13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、ピカソにとって製作は日記のようなものだと語っていたように、彼にとってそれが唯一の表現方法であり即ち人生だったのでしょう。

ポストカード何枚か買ったので会社のデスクに飾りたいと思います。

参考:パブロ・ピカソ(Wikipedia)

コメントを残す