じいちゃんが死んだ

午前3時10分、母から電話がかかってきました。

「寝ちょったやろうけど、ごめんな。」

母は第一声でそう言いましたが、今日はぼくが入社して以来、一番大きなサイトリニューアルのリリース日だったので、まだ会社で仕事中でした。この数週間、そのために毎日遅くまで働いていることが多かったのですが、今日はその最終日、最後の最後、サイトのリニューアルが無事終わったことを確認し、細かい残作業をやっている最中に電話はかかってきました。

人が産まれる時間と、死ぬ時間は選ぶことができませんが、全部終わるまで待ってくれたのは、じいちゃんの最後の優しさだったのかもしれません。上司もその場にいたので、連絡もしやすく、本当は明日(もう今日)も休日出勤で対応予定だったのですが、始発の飛行機で大分に帰らせてもらうことになりました。

さっき家に帰ってきたところですが、元々家に帰らずそのまま出勤予定だったので、長い間起きている必要があったためレッドブル飲んでて今元気です。今日はこのまま起きて空港へ向かおうと思います。

電話を受けてからも少し仕事が残っていたので作業をしていたのですが、そこで思った以上に集中できず仕事が手に付かない状態なのに気がつきました。事前に予め、予告されていてこれなので、身近な人が不慮の事故等で亡くなった人なんてたまんないだろうなと思いました。

母はもう葬儀屋と連絡を取り合っているらしく、葬儀屋も大変な仕事ですね。
身内が亡くなるのは、母方の祖父が亡くなって以来、15年ぶりです。自分が死ぬまで、長く生きれば生きるほど、こういうことが増えていくんでしょうね。死んだじいちゃんと、まだ生きてるばあちゃんが、いつも食卓の話題にしてたのが「誰々はもう死んだじゃろ」「いや、死んだのは誰々で、誰々はまだ生きちょるわえー」「なしか、もう誰々は死んじょるわー。」と大分弁炸裂で、誰が死んだか忘れた話だったのと思い出しました。

約1年ぶりに大分帰ってきます。

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