ブロガーと働きマン

ドラマで始まった「働きマン」一話だけ見て気になったので漫画を全話読んで見ました。働く話として島耕作を崇拝しているぼくは最初、なんだこの少女マンガはと思ってましたけどこれはこれでなかなかおもしろかったです。島耕作はグローバルで大局、マクロな視点で仕事を見ていますが、働きマンはもっと現実的な日常としての仕事、ミクロな視点で仕事を表現しています。どちらも仕事ですが、島耕作はなんだかんだいって団塊の世代のオフィスラブな出世街道話です。働きマンは実際に働くという現実について考えさせられたりします。

参考:安野モヨコ『働きマン』感想←どんな話か分かります。

出版社っていいなーとか思ったんですよ、文章書くの好きだし。でも超絶激務の不眠不休で取材と締め切りに追われて、気づいた時にはプライベートも体もぼろぼろ、おまけに出版不況で先行き不安、自分がやりたい仕事はこれだったんだろうか、30過ぎると先も見えるし、同僚の失踪や入院が相次ぎ大学時代の友人は家庭を持ち幸せに、みたいな感じで。ぼくはここで適当に一日一記事好きなこと書いてるくらいが一番幸せです。

一日一記事。
そうやって書き始めてもう4年半が経過し、この記事で1644個目。
有難いことに一日1000人以上の人が読みにきてくれて、近いうちに訪問者の数が累計100万人に達しそうな勢いです。でもたまにというか、よく思います。こんな風にさりげなく自慢しちゃう自分の自己顕示欲が気持ち悪いなって。

そんな時に読んだこの記事。
ブロガーは自分のキモさとどう向き合っているの?(住太陽)
【引用始まり】 — ちょっとブログ界隈を見渡せば、出たがりで、目立ちたがりで、自慢屋で、自己アピールに余念がなく、俺が俺が式で、ええ格好しいで、自説を披露するのが大好きで、自己評価が高くて、他人から認められたり褒められたりするのが気持ちよくて仕方がないというブロガーたちが、さらに気持ちよくなるために、カイてカイてカキまくっているのを目にすることができます。【引用終わり】 —

ブログを書くという行為のプラス効果は大きいです。
文章力も身につくし、日記としての行動の記録や自分の考えの整理に役立ち、思考力や観察力も鍛えられるでしょう。日本の教育に欠けている自分の考えを文章にしてアウトプットするという重要な能力の訓練にもなります。でも、でもね、どんなに高尚な理由を並べたところで本音を言うとぼくにとってブログとは自己顕示欲を満たす気持ちのいいツールに過ぎないんです。自分はこんなことを考えているんだ、こんなすごいことをしたんだ、認めて欲しんだという欲求の表れです。ブロガーなら多かれ少なかれ感じていることかもしれませんけど、客観的に見ればそんな自分がとても気持ち悪く感じる瞬間があります。なんでぼくはこんなに偉そうに上から目線で物事をよく知っているかのように語っているのだろう、なんでそんなに自分の日常や内面を曝け出しているのだろう、なんで文章上ですら自分を良く見せようとしているのだろうと。日常生活で満たされない欲求の裏返しなのかとか考え出すときりがないです。

そうやって客観的に自分を見つめると、とても気持ちが悪いとは思うのですが、それでもきっとぼくは明日も記事を書くのです。
ブロガーとして、自分の「キモさ」と向き合うということ(琥珀色の戯言)
【引用始まり】 —  しかし、実際に自分で書くようになって、ズッポリとハマってみてから考えるに、結局のところ、僕自身に関しては、「周りからみてキモかろうがなんだろうが、書かずにいはいられなくなってしまった」としか言いようがないのです。【引用終わり】 —

結局なんだかんだでやっぱり書くことが好きなのです。
自己顕示欲の塊だと思われるかもしれない、それでも別に構わない。
好きなんだからしょうがない。
開き直りでもいいじゃない。
嫌いなら読まなきゃいいじゃない。

ぼくにとってブログはオナニーだ。
最近この人のブログを見てものすごいオナニーだと思いました。
そしてぼくもたいして変わらないなと思って凹んだりするのです。

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