再会

この一週間実家に帰っていろんな人に会いました。
もう何年も会ってなかった人たちばかりで非常に有意義な時間を過ごすことができました。最近思うんですよね。会おうと思えばいつでも会えると思っている相手だってもしかしたらもう二度と会えないかもしれないなーって。普段から行動を共にするような立場でなければ多く見積もっても残りの人生でa fewな気がします。だったら悔いのないようにたくさん話して会うチャンスがあれば貪欲に会って置くべきではないかと。来年からは東京だし、今回会った人ともあと何回会えるだろう。もしかしたら不幸にも二度と会えない人もいるかもしれません。

今回いろんな人と会ったわけですが、皆現在大分に住んでいる旧友でした。愚痴ならいつでも聞くよと言ってくれる多くの友人達のいる大分で彼らとのんびり生きていくのも悪くないのかもしれないとか思ったりもします。

ぼくも、もう24です。
あっという次の瞬間には30になってしまうでしょう。
そんな年齢を感じさせる出来事がmixiでありました。
高校一年生の時、同じクラスだった友達から突然メッセージがきたのです。最初思い当たらなかったので「誰だよ、こいつ」くらいに思っていたのですが、よくよく見てみると懐かしいあの人でした。連絡先を知らなかったので何度かmixiで探したことがあり、見つからず諦めていたのですが知らない間に足跡を残していたようです。その人だと分かった瞬間はうれしくて初めてmixiというSNSを流行らせた会社に感謝してしまいました。

その人は高校の同級生ですが、母親同士も高校の同級生という縁のある人なんです。進学校ですが芸術の道に進んで今はアーティストとして活躍しており個展も開いたりしていて、来月お店をオープンするそうです。ぜひぜひ伺わせていただきたいと思っています。こういう再会をして近況を聞くたびに人生について考えさせられます。学生生活真っ只中の時はあまり感じていなかったことですが、自分達は随分と前に人生の分岐点を歩いてきていたのです。同じ大学を出た人たちですら、様々な業界に羽ばたこうとしています。同じ高校を出た人たちも、いろんな人たちがそれぞれの人生を当たり前ですが送っています。これがなんか不思議な気持ちがします。ぼくたちは全く違う資質と個性を持った人間です。でもそれを全く理解していなかったし、それでよかった青臭さとでも言うのでしょうか。

ぼくは正直自分の通っている高校が好きではありませんでした。
肌に合わない押し付けがましい教育の下、毎日つまんねー生活を送っていて、もう一度やり直せるなら自由で放任主義だったもう一つの違う進学校に行ってみたいと思っています。けど、そんなつまんねー高校生活でも再会したいと思えるような素敵な人たちがたくさんいたし、その人たちと出会えないことは辛いことなので、もう一度やり直せるとしてもきっと同じ高校を選ぶでしょう。

あの頃は若かった。
何も分かってなかった。
でも今思い返せばそれがよかった。
それってやっぱり青春なのかな。

今日の自分は残りの人生で一番若いという言葉を胸に秘めて悔いのない人生を生きていきたいと思います。

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