新年あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

ごぶさたしております。
なんと前回の更新が11月で、結局11月はそれっきり、12月に至ってはついに初の更新0という状況になってしまっていました。

この2ヶ月間、何があったかというと特筆することもなく、期末のため転職活動は休止し、淡々と仕事をこなしておりました。彼女とは別れを告げられた、その日にディズニーランドに行き復縁する等いろいろありましたが、なんとか今のところ順調に続いております。クリスマスプレゼントに万歩計をくれた素敵な彼女です。(一応、弁解しておくと、プレゼントはお互い数千円程度のものにしようという協定の結果です。)

特筆することはないって言っても、今までブログで散々どうでもいいことを書いてきたので、いろいろ書くことがあるにはあるんですが、やっぱり軽いことは全部twitterの方に書いちゃうんですよね。

ということで、もしどうしてもぼくの近況が知りたいという奇特な人がいれば、ぼくの本名でググると出てくるので、そちらをご参照ください。

年末年始は29日と4日に有給をとって、30日に大分へと帰ってきました。今回は最後まで帰省するかどうか悩んでいたので飛行機は当然、新幹線の指定席も予約することができなかったので、新幹線の自由席に乗って帰ってきました。新幹線で帰るのは初めてだったのですが、東京駅から意外にも座ることができ、ドアtoドアで9時間程かけて帰ってきました。9時間はけっこーしんどかったですが、飛行機だったら6、7万は最低でもかかるところが、4万円くらいで済んだので経済的にはよかったなと思いました。

ただ、帰りも新幹線の自由席なのですが、帰りは始発でない上に小倉に着く頃はお昼前なはずなので、絶対座れないでしょうから、またしんどそうだなと少し憂鬱です。東京には4日に帰ります。

さて、去年はどんな年だったかなと思い返すと、可のなく不可もなく、ただ攻めるときは攻めたし、今年に繋がる種も少しは撒けたのかなと思います。今年は、昨年を踏まえて「挑戦、変化、決断」の年にしたいと思います。転職にしろ、恋愛にしろ、将来を見据えた挑戦と決断をして、変化のある実りのある年にしたいと思います。

今日は親戚一同が実家に集まっていたのですが、うちの祖父は今年93歳になり、ひとりでは歩くことも話すこともままならず、老人ホームに去年からはいっています。正月だけは一応、家に帰ってきてはいるのですが、絵に描いたようなザ・介護という状態で誰が世話をするのかとか、遺産相続はどうするのかとか、今後の話で紛糾し、父の兄弟達で骨肉の争いというか少し雰囲気のよくない感じになってしまい、なんだかなぁと思いました。

親戚達は皆60手前くらいで、古い考えの持ち主たちなので、家は長男家族がどうにかするものだという感じで、つまり介護は長男の嫁であるぼくの母がやるべきだという人もいるし、長男の長男であるぼくもいずれは大分に帰って、家を守るべきだという考えが根強くあります。

ぼくの父が結婚してぼくが生まれたのが、父が28歳のときだったので、ちょうどいまのぼくの年齢なわけですね。そういうこともあって、いろいろ考えるのですが、介護とか親戚づきあいとかリアルに目の当たりにすると、将来ぼくの奥さんになる人にそんな苦労はさせたくないなというような感情が沸きます。でも、この高齢化社会で、ニュースにはならないけど、かなりの人がこういう悩みを抱えて生きているんだろうなとも思います。

祖父はこの10年で一気に衰えたし、昔、釣りや竹の子掘り、将棋とかいろいろ遊んでもらった思い出を考えると寂しくなる一方、寝たきり一歩手前の今のような状況になっているのを見ると、ただ生きているだけということが幸せなんだろうかとか、いろいろ考えてしまいます。正直言って、実の兄弟達にも負担になって疎まれてすらいたりして、ぼくの母においては、ぶっちゃけ他人ですからね。その母に一番、負担がかかっていて、さらに親戚から文句まで言われるのは可哀想だなと思います。人間、人としての尊厳というか、自分のことをしっかり自分で管理できなくなってしまっても、生き続けることができる、生き続けなければいけない現代社会は本当に幸せなんでしょうか。

人はいつ死んでもおかしくないし、長生きしても自分の意思というものが失われていくのであれば、ぼくは10年単位くらいで意識がはっきりしているうちに(30歳、40歳とかの区切りで)、自分の周りの人へ向けた遺書というものを用意しておこうかなと思いました。もう祖父みたいな状況になると(認知症もあるらしい)、どうしようもなくなるので、自分が自分でいるうちに残しておくことも必要なのかなと思います。

おっと、新年早々、かなり暗い話になってすいません。
明るいニュースとしては、従兄弟のお姉さん姉妹に子供が次々と生まれたので、小さい子供がいると場が明るくなっていいですね。年老いた兄弟達と、若く小さな兄弟達をみて、介護の相談をするにしろ、一緒に遊び育つにしろ、兄弟はいないよりいた方がいいなと思い、ぼくも最低でも2人くらいは子供を作ろうと思ったのでした。

あとは、今年の目標として最低1つでもいいから、自分で作ったWebサービスをリリースしたいですね。将来、起業したいなと思うけど、いきなり会社辞めて、さぁ起業だって言っても何もできませんから、趣味でやってたことが仕事より儲かるようになって職業にしちゃってのが理想です。今の会社に入ってよかったなと思うことは、作ろうと思えば何でも作れるんだということが分かったということですね。まさに想像できることは何でも実現できるということですよ。

できる人とできない人の違いは、やるかやらないか、だけだと思います。

あ、あとあと、今年も健康診断の結果が最悪だったので食事と運動に気を使っていきたいと思います。医者に「体重はそうでもないのに、この数値はちょっと見たことがないくらい異常だ」と宣言されてしましました。そういう意味で彼女の万歩計という選択は愛だという認識です。万歩計をもらって2週間、やっと今日初めて1万歩を越えました。今日何をしたかというと、小学校の頃通学していた通学路を往復してみただけです。つまり小学校の頃の方が今より運動してたんやなーと思い、しみじみ何かを感じましたとさ。

妹が今年の4月から就職で、某生命保険会社勤務なので、生命保険入ってないのでちょうどいいかなと思うんですが、やっぱり健康状態を正常にしてからじゃないと・・・って、この話去年もしたような気もします。頑張ります。

弟はいま、社会人一年目なのですが、ぼくと違って大手化学メーカー研究職という磐石な職業になり、寮に入っているので既に数百万の貯金ができているそうで、こうも差が出るかという状況になっているみたいです。頑張ります。

そーいえば、今回の帰省では初めて弟と恋バナ(?)をしたことが印象的でした。弟は大学と大学院の間に3年間付き合った彼女がいたそうですが、卒業直前にやっぱりドクターに進学すると彼女が言い出して、それで揉めて別れたという話を聞きました。密かにDTなんじゃと思っていた弟がちゃんと恋愛とかしてたんだと思って、お兄ちゃんはちょっと嬉しくなりました。兄弟の結婚式とか楽しみですよね。初めてそう思いました。まあ、別れちゃったって話なんですが。それでも、やっぱり兄弟は多い方が何かといいよなと思いました。

というわけで、今年も日々精進して、ブログの方も少しでも書けるように頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いしますー。

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