ぼくのことを先生と呼ぶ男-金髪オールバック偏差値40だった高校生の物語

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今日は嬉しい出来事がありました。
ぼくが大学時代に家庭教師をしていた、当時高校生だった子からの連絡です。

教え子
おひさでーす!せんせー元気にされてますかー?

電話番号は知っていたのでLINEで自動登録されたようです。その子のことはとても印象に残っています。

初めて会った日のこと

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それは2003年の8月後半の出来事でした。
家庭教師とは言え、ぼくも普通の大学生、初めて会う子がどんな子なのか緊張しています。
家のドアホンをピンポーンと押して、お母さんと挨拶、部屋に通されました。

ぼく
こんにちはー!初めましてー!
教え子
うっす

そこに座っていたのはジャージ姿に金髪オールバックの田舎のヤンキーでした。
もう完全なるヤンキーでした、耳には特大の10センチピアスが装着されています。

見た目はそんなんで高校も中退(通信制高校に編入)してたんですが、それでも大学に行きたいという根は真面目な子でした。まず、初日は大学に入る方法を説明するというスタートラインなわけですが、そこで分かったのは「センター試験ってなに?」と真顔でいうくらい受験に関する知識がなかったので、一通り大学に入学するためのフローを説明し、一緒に本屋に参考書を買いに行くという初日でした。

基礎力とやる気

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そんなわけで担当が始まったんですが、如何せん高校3年生の8月、センター試験の存在も知らない状態で基礎学力があるわけもありません。力試しに問題集を解かせてみると英語が26/200点とかそんな有様でした。偏差値も40を切っていた気がします。

それでも、ぼくが当時持っていた受験のテクニック、ノウハウを叩き込んでいったわけなんですが、「今日はもう疲れた」「なんかやる気がでない」と3回に2回くらいはモチベーションが低い状態になっていまいした。根は真面目なのに、高校中退金髪オールバック10センチピアスなだけあって、メンタルが弱いんですよね。

そんな時はぼくも無理にやらせず、一緒に雑誌を読みながら談笑したり、恋話したりして過ごしていました。それでも時給は発生するわけで、ぼくとしては楽ですが、安くないお金を払っている親には申し訳ないと思っていました。

でもあるとき、お母さんと2人きりで話す機会があり

お母さん
先生には本当に感謝しています。あの子は今大学に行きたがって勉強してますけど、私としては大学よりも精神的に話し相手になってもらえればと思って家庭教師をお願いしたんですよ。だから相性重視だったんで心配だったんですけど、先生でよかったです。
ぼく
ほうほう、そうですか!
お母さん
先生は勉強だけでなく、いろいろな話をしてくださってるようですごくありがたいと思ってるんです。まさか自分の子供が不登校になるなんて思ってもみないでしょ?もう親の方がパニックになっちゃって。

と言われて、その日はお礼にカップラーメンを4つもらいました。この頃には、ぼくも家庭教師というより、その子と過ごす時間を楽しんでいました。

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センター試験

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というわけで、家庭教師を開始してから5ヶ月が経ち、いよいよセンター試験がありました。が、結果、センター試験は受けませんでした。あえて深くは聞きませんでしたが、センター試験の当日、親子喧嘩して、そのまま試験を受けなかったそうです。

ぼくとしては、せっかく頑張ってきたのに、宝くじも買わなきゃ当たらないよ、という気持ちでしたが、正直学力的にも厳しいかなとは思っていたので、仕方ないかという感じでした。しかし、それでも偉かったのは、大学に行きたいという気持ちはなくなっていなかったということです。

今の学力ではどこにも行けないけれど、もう1年頑張って大学に入る、その決意は固かったようです。そこでもう一年、家庭教師をお願いされたんですが、その子のことを思うと、予備校に入って、規則正しい生活で全教科、ちゃんとしたプロに教わったほうがいい、ということを薦めました。

正直、楽しいバイトだったので寂しかったし、金額的にも美味しかったので、続けたい気持ちはあったんですが、最終的にはお母さんも

お母さん
先生とは相性もよくって、このまま予備校と平行で行こうと思っていたんですけど、この前予備校に体験入学に行ったら思ったよりスケジュール厳しくて両立は厳しいかなってことに急になったんですよー。ほんとにすいません。お世話になりました。

と言っていました。その日の交通費は普段より多めでした

一年後・・・

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それから1年後、某国立大学の工学部に合格したという連絡がありました。
偏差値40だった、あの頃を考えると奇跡的なことのようで、男版ビリギャルじゃないですけど、やっぱり素直な性格だとちゃんとやれば成績も伸びるんだなと思いました。

その後、大学に入ってからもちょくちょくと電話をくれ、大学では勉強しかしてないみたいな話や、大学院への進学を相談されたりしていました。そして今回、久しぶりに連絡がきたわけです。

家庭教師をしているときにずっと「車が好きやけん、車をデザインしたり設計したりする仕事がしたい」と言っていて、だから就職に有利な国立の工学部を目指すということだったんですが、なんと今の職業を聞いたら○○自動車(超有名)で設計の仕事をしている、というじゃないですか。

夢が叶ったんだなーとジーンときました。

教え子
機会があれば会いましょう!実はけっこう先生のこと好いてたんすよ。仲良くしてください。

とか言うので、学校の先生ってこんな気持ちなのかなーと思いました。
人間の縁を感じる10年越しの出来事でした。

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ABOUTこの記事をかいた人

1983年大分県生まれ。東京在住のWeb系エンジニア。
ポータルサイト、ファッションECサイト、コーディネートアプリ、食品ECサイトの開発運用などを経験。 人に役立つことや面白い記事を書けたらなと思っています。