ぼくが指原莉乃に圧倒的な親近感を感じる4つの理由

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ぼくはAKBでは指原莉乃推しなんですが、その理由は圧倒的な親近感にあります。
おそらく多くの指原莉乃ファンはなんらかの親近感を感じているから応援しているのだと思いますが、ぼくの親近感は圧倒的です。そうそう負けない自信があります。

それをちょっと説明していこうと思います。

1.苗字が一緒

もうこれは圧倒的な親近感ですよね。
しかも、田中や鈴木ならまだしも、指原ですからね。
指原は全国に700人くらいいるらしいですが、指原莉乃が現れる以前の指原は大変でした。なぜなら、全国的には無名な苗字のため、電話で名乗ってもまず、誰も聞き取ってくれません。

「指原です。」

「え?立川?」

「いえ、指原です。」

「ああ、柿原」

「いえ、さしすせその、さしはらです」

みたいなやりとりをお店の予約をとる時に何度も繰り返すので、いつしか電話予約のときは

「田中です」

とか名乗るようになってしまうのです。
指原を名乗るものにとって指原莉乃の存在は生活が便利になるくらい革命的なのです。

他にも自己紹介でAKBネタが鉄板になったし、初対面の人とのアイスブレイクにも使えるし、とても助かっています。

2.出身県が一緒

ぼくも指原莉乃も大分県大分市出身です。
東京にいる九州人はわかってくれると思いますが、九州人は同じ九州の出身というだけで異常な親近感を覚えます。ましてや、同じ県の出身だと、生き別れた兄弟に再開したかのような喜びようなのです。それだけ同郷というものにこだわりがあるのが九州人です。

だから同じ県出身の有名人は自然と応援しています。
財前直見とかユースケサンタマリアとかね。
そこに現れた新星、指原。応援しないわけにはいかないでしょう。

地元の大分合同新聞では元旦の一面記事が指原莉乃でしたからね。
それくらい地元民は応援しているのです。

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3.デビュー時期が同じ

ぼくが九州から東京へ上京し、社会人デビューしたのが2008年です。
指原莉乃がAKB48の正規メンバーに昇格したのも2008年です。
当時、指原莉乃が正規メンバーに昇格したことなんて、ニュースにもならない出来事だったのですが、どこからかその情報を得たぼくは、会社の中ですごいことが起きたと宣伝して回ったのを覚えています。周りの反応は「ふーん」くらいでしたけどね。

当時のAKB48はまだそんなにブレイクしておらず、代表曲が「会いたかった」くらいしかなかった時代です。ちなみにその年、新入社員歓迎会でぼくはAKB48の「会いたかった」の振り付けダンスを披露しています。

4.ブログが人生の転機

指原莉乃が一体、どこでブレイクするきっかけを得たかと言うと、ぼくはやっぱりブログだと思うんですよ。指原クオリティーというブログが面白かった、そこでだんだんと注目を浴びてきて、今の芸能界での地位を得ていると思うんですが、ぼくもブログを10年以上書き続けたぼくが実感していることという記事で書いたように、ブログをずっと続けていて、就職活動ではブログ書いてましたって面接でのアピールをして就職したくらいなので、ブログをキーにして人生変わったところが似ていて親近感を感じます。

5.まとめ

どうですか、この圧倒的な親近感。
苗字と出身が一緒で、同じ時期に東京という荒波に揉まれ、ブログという武器で勝ち進んでいき、みるみるうちに総選挙で27位からスタートし、19位、9位、4位、1位と芸能界の階段をものすごい勢いで駆け上がっていく彼女をみていて、親近感を感じないわけがあるでしょうか。

思えば、指原と検索すると、学生の頃はぼくの研究結果の論文が1位表示だったのに、今やそんなことはあり得ないことになっています。

このブログはそんな彼女にまた近づき、追い抜けるように願いを込めて書いています
まぁ、AKB48のCDは一枚も買ったことがないんですけどね。

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