ぼくが文章を書くのが得意になった理由を半生を振り返りながら解説する

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ぼくは文章を書くのがすごく好きで自分で言うのもなんですが、比較的得意な方だと思っています。それは決して生まれつきではなく、そうなったのにはそれなりの理由があって、簡単に言えば努力してきたということで自慢になっちゃうんですけど、自分なりの分析を書いてみたいと思います。

文学少年だった小学校時代

ぼくは小学校時代、本ばかり読んでいた時期がありました。
今思えば、本当に本が好きだったかと言われると怪しいところはあるんですが、本を読むキャラを演じていたようなところがあります。小さい頃ってそういうことないですか、本をよく読むと褒められることが嬉しくて読むことを繰り返す的な。

当時は主に小学校の小さな図書館で本を借りていたんですが、年間300冊くらい読んでいたことになっていました。なってましたというのは、一日で読みきれなかった本は、次の日も図書館に行って同じ本を借り直すという意味不明なことをしていたんですが、とにかく本を読むというよりは本を借りる、図書カードが更新されていくことに夢中になっていました。

完全に手段が目的になっている状態だったんですが、それでも実際本自体は読んでいたので、少なくとも年間100冊くらいは読んでいたと思います。それを3年くらいは続けたと思うので、まぁ、普通の同年代と比べると圧倒的に読んでいた方だと思います。

まず、ぼくの下地はここでできていると思っていて、やっぱり文章を書くということは、読むということがベースになっているわけです。圧倒的なインプットに支えられ、読書感想文とかでもだいたい学年代表に選ばれたりしていたので、既に書くことも平均からすると得意になってきてのだと思います。

新聞を読むのが好きだった中学時代

その後、中学に進学してから本は全く読まなくなってしまったんですが、毎日の日課は大分合同新聞の朝刊と夕刊を隅々まで読み込むということでした。なんでか、新聞でニュースやコラムを読むのが大好きで全部読んでました。活字に飢えていたんですね。

余談ですが、中学時代は生徒会書記長に立候補し、5人の候補者から選ばれ、全体朝礼の司会とか運動会の締めの挨拶とかしてました。目立ってたので後輩の女の子からファンレターをもらったり、はじめての彼女ができたり充実した青春時代をおくっていました。

理系なのに国語の成績が異常に良かった高校時代

高校に入ってから好きな科目はアドレナリンの出る数学だったし、薬剤師や生物学者に憧れがあったので、理系を選んだものの、当時国語の成績が異常に良かったのを覚えています。

異常と言っても、もちろん上には上がいるんですが、全国模試で国語の成績だけは偏差値70を切ったことはなかったし、最高偏差値は88で大分県で1位、全国でも2桁に入り、成績優秀者ランキングに毎回載るような感じでした。そのくせ国語の授業はレベル低いと思ってだいたい寝てたし、先生には嫌われていた自覚があります。

国語の成績は書く力というよりは読解力が求められることが多いのでやはり読む力が伸びていたんだなーと思います。そんな大得意な国語だったわけですが、残念なことにぼくは理系、受験科目に国語はなかったんですね。余談ですが、さらにセンター試験でも失敗したぼくは前期の国立大学に落ち、後期でセンター試験まで名前も知らなかったすべり止めの大学に入ることになりました。

一応、九州で2番目に偏差値の高い大学ということでかろうじてつまんないプライドを保ってはいましが、全国的には無名だし、大学に関してはもっと勉強のやり方とか、得意不得意を見極めていればとか、浪人してみていたらとか、今でもいろいろ思うところはあります。

しかし、生物学者を志していたぼくが今のWEB系エンジニアという仕事をしているのは、その大学がたまたま情報系に強かったからとか、そういう要因もあるので、運命だったと思うことにしています。過去は振り返っても仕方がない。

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ブログにはまった大学時代

そんなわけでなんとかすべり止めで大学に入ったぼくでしたが、情報系が強い大学だったこともありインターネットにドハマリしました。当時、所属していた天体観測サークルのHPを作って、そのHPに日誌的なものを設置したことがきっかけでしたが、そこからネット上に文章を書くということにめちゃくちゃハマりました。当時、ブログって言葉も存在しなかった頃です。

文章を書く楽しさ、それを読んだ人から反応がある喜び、さらに広告を貼ったらお金までもらえる仕組み、すべてが新鮮で狂ったように文章を書き始めます。それが当時、19歳、2002年だったんですが、そのとき始めたブログに10年で合計2500記事以上アップしました。

当時のブログは、このsashihara.jpとは違うブログなんですが、sashihara.jpにある記事数は今200ちょっとです。2500というのは、今の自分から見ても俄には信じられない数字だし、そんなブロガー他には知らないです。

だって、今のぼくでもブログ1記事数千文字書くのに数時間はかけます、少なくとも1時間はかかります。それが2500記事ということは文章を書くことに少なく見積もっても2500時間かけてきたわけです。どんなことでも1万時間つぎ込めば一流になれると言われてますが、1万時間くらいつぎ込んできた可能性は十分あります。

1年は365日しかありません、毎日1記事書いても7年以上かかるという馬鹿みたいに圧倒的な量を書き続けてきました。だから「人生で今までちゃんと文章を書いてきた経験がありません」そんな人に負けるわけがないという自信があります。文章力は訓練です。本気の文章を何度書いてきたかということです。

就職活動の自己PRはブログ

そんなぼくが就職活動で学生時代、力を注いだこととしてアピール材料にしたのがブログでした。
しかし、受けていた業界は製薬業界、食品業界の研究職です、そりゃー評価されません。軒並み、落ちたところで、最後に受けたヤフー株式会社では、インターネットの魅力に無限の可能性を感じているということを熱弁し、うまくマッチしたようで、情報系の経験は大学時代ほとんどなかった(大腸菌の培養を研究室で3年続けてた)ものの、エンジニアとして採用されるという奇跡がブログを通じて起きました。

めちゃくちゃ嬉しかったものの、内定後にヤフーニュースの編集者になりたいって人事に言って困らせたりもしました。しかし、ヤフーというネームバリューのある会社に滑り込めたからこそ、その後の転職活動では間違いなく有利になったと思いますし、そのあと入った会社での経験が、後に評価され今につながっているということを考えると、ぼくの人生のルーツはやっぱり小学校の文学少年時代だったりするなーと思うわけです。

まとめ

というような33年間のぼくの人生を振り返ってみましたが、今でも本や文章を読むのが好きで毎日何十記事も必ず目を通しているし、ブログも19歳から考えると今年で15年目になります。だから「文章上手いね」みたいなことを言われても、それは努力してきましたから、という自慢話みたいになってしまうので、あんまり言いたくないのですが、振り返りとして書いてみました。

文章書くのは直接仕事とは関係ないものの、例えばメール書いたりとか、資料作ったりとか、そういう部分では間違いなく活かされてますし、イラスト描くのが得意って人もいるように、ちょっとした特技みたいなものです。

それに今も副業として(ブログを4つ運営しながら)書いているところもあるし、これからはますます個人の発信力が求められてくる時代だと思いますし、ブログや文章を書くことが自分の人生を助けてくれるシーンはたくさんあると思ってます。

これからもぼくは文章を書き続けていきたいと思います。

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